瓦力

提供: Yourpedia
移動: 案内検索
日本の旗 日本の政治家
瓦 力
かわら つとむ
[[画像:|0200px|瓦 力]]
生年月日 1937年4月1日
出生地 石川県七尾市
没年月日 2013年1月13日
死没地
出身校 中央大学法学部卒業
前職 衆議院議員
現職 引退
所属政党 自由民主党
所属委員会
議員会館
選挙区
当選回数
12回
元首
称号・勲章
世襲の有無
親族
配偶者
サイン [[画像:|128px|サイン]]
公式サイト 瓦力ホームページ
日本の旗 日本 第63代 防衛庁長官
内閣 第1次森内閣
就任期間 2000年4月5日
日本の旗 日本 第62代 防衛庁長官
内閣 小渕恵三内閣第2次改造内閣
就任期間 1999年10月5日
日本の旗 日本 第65代 建設大臣
内閣 第2次橋本内閣改造内閣
就任期間 1997年9月11日
日本の旗 日本 第45代 防衛庁長官
内閣 竹下内閣
就任期間 1987年11月6日
日本の旗 日本 衆議院議員
内閣
就任期間 1972年
 - 2009年
その他の職歴
テンプレート

瓦 力(かわら つとむ、旧姓:戸島、1937年4月1日2013年1月13日)は、日本政治家。元衆議院議員(12期)。防衛庁長官(45・62・63代)、建設大臣(65代)を歴任。いわゆる防衛族議員とされる。岳父は元カワラ金属社長の瓦辰二。

概要[編集]

  • 石川県七尾市出身
  • 石川県立七尾高等学校中央大学法学部卒業
  • 愛称は「りきさん」であり、公式ウェブサイトでは本名の「かわら・つとむ」ではなく、「かわら・りき」と称している。
  • 建設大臣衆議院議長などを歴任した益谷秀次の秘書を経て地盤を後継。
  • 1988年、潜水艦なだしお事件の責任をとって防衛庁長官を引責辞任する。辞任の翌日から日本中の三十数遺族すべてを線香を持って訪ね歩いた。
  • 第44回衆院選において、党は瓦を比例単独候補とし、選挙区候補を輪島市選出の県議会議員である北村茂男とするコスタリカ方式を打診した。瓦は反発し一時無所属での出馬も検討したが、党本部による比例名簿上位の確約により受諾した。これは石川県第2区選出の森喜朗が能登地域への影響力拡大を意図して行われたといわれている。要出典
  • 第45回衆院選への引退表明の際、石川県第3区に自身と同じ自民党から立候補した北村茂男を「後継候補として認めない」旨発言し支援しないことを表明、さらに選挙戦中に第3区民主党新人候補の近藤和也と握手する姿を披露するなどしたため物議を醸した。

略歴[編集]

6月22日第36回衆議院議員総選挙(旧石川2区・自民党公認)4期目当選。
7月17日内閣官房副長官鈴木善幸内閣)就任。
1月:衆議院建設委員長就任。
7月6日第38回衆議院議員総選挙(旧石川2区・自民党公認)6期目当選。
2月18日第39回衆議院議員総選挙(旧石川2区・自民党公認)7期目当選。
3月:衆議院安全保障特別委員長就任。
12月:党国会対策委員長就任。
4月5日:防衛庁長官(森喜朗内閣)再任。
6月25日第42回衆議院議員総選挙(石川3区・自民党公認)10期目当選。
4月:衆議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員長就任。
10月:衆議院国家基本政策委員長就任。
4月1日弾劾裁判所裁判長就任。
9月11日第44回衆議院議員総選挙比例北陸信越ブロック・自民党公認)12期目当選。
7月21日第45回衆議院議員総選挙に出馬せず引退することを表明。
11月:平成21年秋の叙勲において旭日大綬章を受ける。

関係団体[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

議会
先代:
日本の旗 日本 衆議院国家基本政策委員長
第5代:2002年 - 2004年
次代:
官職
先代:
日本の旗 日本 防衛庁長官
第45代:1987年 - 1988年
第62・63代:1999年 - 2000年
次代:
先代:
日本の旗 日本 建設大臣
第65代:1997年 - 1998年
次代:
党職
先代:
自由民主党国会対策委員長
第38代 : 1992年 - 1993年
次代: